2007年10月23日

万人に等しく神仏の光りは与えられている


私達は神仏の子として、
万人は等しく調和の光、エネルギーを

与えられてあるのであります。


人間の運命に差があるのは、

その等しく与えられている調和のエネルギーを、
その人がどの程度顕現し、表現しているかによって違ってくるわけです。


写真機のレンズの絞りは、
外から入ってくる光りを調節するためのものですが、

心の絞りは、
実は、私達に内在するところの既に与えられている調和のエネルギーを、
どのように表現するかの作用をするわけです。


心の狭い暗い自己中心の自我意識の強い人は、
心の絞りが小さいわけですから、
内側にはどんなに大きな光りがあったとしても、
小さくしか現わすことはできません。


心の広いゆたかな愛の心の強い執着のない人は、
心の絞りが大きいわけですから、
大きく光りが出て行きます。


心を固く閉ざしている人の人生が真暗であるというのは、

その人が心の絞りを固く締めて、
内在されている調和の光りのエネルギーが、
外に現われないようにしているからそういうのです。



宇宙意識即ち神の調和のエネルギーは、

私達が信仰するのに従って与えられるのではないのであって、
既に内在し与えられ、

私達一人一人が神仏の子としてすべて与えられてあるのです。
これからもらえるのではなくて、既に与えられてあるのです。

このことに気づくことが正しい信仰の第一歩なのです。

 
他力信仰の最大欠点というよりも大きな過ちは、

そのことを自覚させずに、

切捨てなければならない悪を、
本来人間は待っていると教えたところにあります。



〜正法誌 第35号 1981年7月号より抜粋〜


この記事の出典元
http://plaza.rakuten.co.jp/hhokari/diary/200710230000/
posted by SE研究所 at 10:07| 長野 | Comment(0) | TrackBack(0) | 波動の世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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